ものろぐ「J-ART」 美術と人間/美術と社会

「日本美術史」を大学や街の講座で語りつつ、多少は自分の仕事の痕跡を残そうとして建てた「物置」のようなもの。

東日本大震災 お見舞いお礼(再掲)

 3月11日発生した巨大地震と大津波は、貞観津波(869年)以来の規模と言われ、まさに千年に一度の大災害となりました。

 当時札幌に出張中だった私は、その日夕方の飛行機で帰仙する予定でしたが、仙台空港が津波に襲われたため帰ることができず、2日後に新潟経由でようやく仙台に戻りました。家族は全員無事です。家は見たところ無事のようですが、専門家に見てもらう予定。ライフラインも29日までにほぼ復旧しました。

 私個人の主な被害は、以下の通りです。

1.乗用車1台(仙台空港駐車場から流失)

2.フクロウ置物(約30点)

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3.脊椎矯正用チェア(1脚)

 これだけで済んだことを感謝しています。なかでも、愛車プリウスは私の身代わりになってくれたのだと思います。数時間の差で、私は命を落とすところでした。

 原発や余震による不安は続いており、食糧や燃料の不足もまだ解消されておりませんが、安易にこの地を離れて暮らすつもりはありません。事態が徐々に安定、復興に向けて改善していくことを信じたいと思います。私の職場もごらんのとおりですが、学生たちの力も借りながら、五月上旬の授業開始をめざして努力していく決意です。

 地震直後から、多くの方々にお見舞いや様々なご支援をいただきました。親族はもちろん、仕事仲間や調査でお世話になった方々、美術館時代の上司や同僚、同窓生、海外の知人、そしておおぜいの教え子たちからも、心のこもった支援物資やメッセージが寄せられました。ここに厚くお礼申し上げます。

 今後は、私どものことはひとまずご放念いただき、より深刻な状況にある被災者の支援、被災した博物館・美術館等の復旧、被災地の文化財の救出・修復・保全等の活動に、一層のご協力を賜りますようお願い申し上げます。

 末筆ながら、みなさまのご健勝を心よりお祈り申し上げます。

            2011年4月

                                                                                   井上 研一郎