ものろぐ「J-ART」 美術と人間/美術と社会

「日本美術史」を大学や街の講座で語りつつ、多少は自分の仕事の痕跡を残そうとして建てた「物置」のようなもの。

2012年 宮城県日本画のうごき

                               井上 研一郎

 

 東日本大震災からまる二年になろうというのに、津波の傷跡は消えず、原発事故後の危険な状態はむしろ悪化しているように思える。もはや東北の地にあってこれらの現実に目をつぶって生きていくことは不可能であろう。

 何気ない日常の風景が限りなく愛おしく見えるようになったという経験は、この地にすむ誰もが持っているにちがいない。美術家ももちろん例外ではなく、この瞬間にも生み出されつつある作品の中に、必ずそうした想いが無意識のうちに込められていることだろう。

 このような時代の空気によって吹き込まれる無意識の想いとは別に、明らかなメッセージとして描き込まれる作者の意志もまた大切にしたい。今年は、この点を中心に稿を進めることとする。例年のような網羅的な叙述にならないことを前もってお断りしておきたい。

 

第75回河北美術展(4月28日~5月8日・藤崎本館)

 震災から一年が過ぎ、ようやく現実を冷静に見つめることができるようになった人たちは少なくないだろう。本展にも、震災そのものをテーマとした作品やあきらかに震災を意識した作品が並んだ。昨秋の宮城県芸術祭絵画展と単純な比較はできないが、数の多さは当然として、質的にも高く、また多彩な表現が見られたことは特筆すべきであろう。しかし、日本画部門に限って言えば、審査員のひとりが言うように、震災の影を感じさせる作品は洋画に比べて少なかった。入賞者クラスの作品にそれが顕著だったことは残念である。

◎河北賞 奥山和子《マリオネットの女たち》

 暗闇に浮かぶ鮮やかな色彩の操り人形を背景に、無彩色の若い女性の半身を前景に描いて対比させる。チェコの人々が自由への思いを人形に託してきたことが制作の動機という。虚飾の世界に踊らされる現代の日本人たちのようにも見える。

◎宮城県知事賞 小林道子《外は雨》

 開きかけたドアから半身を出して外の様子をうかがう女性を描く。ありふれた光景を上品にまとめているが、大切な小道具である傘の表現に難がある。雨を喜んでいるのか、いないのか。無表情な顔の表現に何らかの手がかりがあってもよかった。

◎一力次郎賞 後藤繁夫《月山》

 山形の名峰、月山の姿を緻密な手法で描く。なだらかな稜線と雪解けのまだら模様、全体に左に傾いた山肌の構図が、厳しい冬を越えて再び息づこうとする自然の生命力を感じさせる。わずかな空の部分の黒も効果的だ。現地に何度も通って選び抜いた場所からの眺望だろう。

◎東北放送賞 宮澤早苗《生きる》

 右手を胸にあてて佇む少女の背後に、盛りを過ぎたヒマワリが密集している。不揃いな花のかたちと色彩が作り出すある種の騒々しさと少女の靜かな表情が不思議な調和を生んでいる。それが「生きる」ということなのか。

◎宮城県芸術協会賞 田名部典子《ガーデン》

 地面に両手をつき顔を上げてこちらを見つめる女性。その傍から球根が芽を出す。煙のような白いものが這うように女の周りをうごめく。大地の中で誕生する生命を謳歌するかのような的確な人物表現と大胆な色面構成、そして線描が生きている。

◎新人奨励賞 荒井静子《明日への伝言》

 扉のついた板塀の前にピンクのコスモスがかたまって咲く。その蔭に一匹の猫が寝ている。半開きの扉の向こうには白いコスモスが咲く。何気ない光景に見えるが、一本離れて咲く花や扉の向こうの白い花たちには作者の想いが投影されているのだろう。

◎東北電力賞 柿下秀人《セカイヲユメミルネコノウタ》

 今年も渦を巻く独自の空間表現が会場で目を引いた。渦の中には倒木や獣の頭骨、イヌやネコにペンギンやキリン、ランプにバネ、風車など奇抜なモチーフが散在するが、奥行き感が乏しく、肝心のネコも存在感が弱い。中心に力をいれ過ぎたか。

○賞候補 小金沢紀子《春の風》

 丹念な筆致で表された色とりどりのヒヤシンスの前に小犬(狆)を描く。春らしい華やかな色彩だが装飾的というよりは現実の空間に近い。それにしては奥行きや広がりが不足している。花と同じくらいのリアリティがイヌにもほしい。

○賞候補 深村宝丘 《愛犬と》

 大型犬の頭に両手を載せて遠くを見つめる女性を描く。飼い主の手の重さにじっと耐えるイヌの表情が良い。人物の輪郭に施された隈どりや僅かに見える箔足など随所に工夫が見られるが、どれも中途半端で浮ついた感じを与えてしまうのが惜しい。

 受賞作以外で震災をテーマとしたと考えられる作品に触れたい。

三浦孝《帰郷》 駅のエスカレーターを上る家族連れ四人を正面からの俯瞰で描く。男の子のリュック、母親の持つ花束、虚ろな四人の表情、そして全体の色調が、故郷=被災地へ向かう旅であることを物語る。二年前、誰もが目にした光景である。ひときわ美しく描かれた白百合の花は誰のためのものか。作者の思いがそこに込められていることが見て取れる。

千田卓内《瓦礫の街の奇跡》 星空の下、瓦礫に覆われた被災地をバックに、乳飲み子を抱く若い母親。聖夜に通じるイメージがあり、作者の思いは伝わるが、周囲の光景が説明的すぎる感がある。千田は「第十七回宮城平和美術展」(三月六日~十一日・宮城県美術館県民ギャラリー)にも同工の作《在りし日の故郷に立つ》を出品している。

相沢スミ子《復興ヴィジョン》 赤、黒、青、黄色、さらに金まで様々な色がほとばしるように画面を埋め尽くす。未曾有の大災害に遭って進路を見失った人間たちの復興への思いは、いまだかくのごとき混沌の中にあると言いたいのかもしれない。

遠州千秋《美しい海、私達の矛盾》 ヘドロで描いたかと思わせる暗灰色の画面下方を、白くぼんやりとした人影が不安げに歩く。津波という厄災をもたらした海が生命を育む海でもあるという矛盾を、人間は受け止めきれるのか。作者の暗澹とした思いが込められている。

石堂智子《海の声》 激しく乱雑に交差する黒い筆あとは、暴れ回る鬼のようにも見え、大きく口を開いた怪獣のようにも見え、また「海」という字が牙をむいているようにも見える。それはまた作者の悲痛な叫びでもあるだろう。

菅井粂子《わすれない》 作者はつねに細かく素朴な線描でメッセージ性の強いモチーフを画面に繰り広げるが、本作では行楽の家族連れ、保育園か幼稚園の園児たち、楽器を奏でる三人組、回転ブランコで遊ぶ子どもたちなどを散在させた画面に、倒れかかる建物、陸に乗り上げた船、発電風車などを配した。地面に散乱する花、種から生えた双葉などに、小さく2011.3.11の文字。

 その他、目を引いた作品をあげておく。

佐々木宏美《時空を超えて 2012》

 国宝《源氏物語絵巻》のイメージと現代的な女性像との組み合わせをこのところ追求している作者だが、今回は「源氏」に力が入りすぎたか、肝心の女性像がやや雑になった印象を受ける。

阿部悦子《樹(たつき)》

 地味な色面と象徴的な人物像の組み合わせを続けてきた作者が、珍しく赤いドレスの女性を登場させた。その穏やかな表情と整理された画面は爽やかだが、物足りなさも感じさせる。

 

 個展、グループ展に移ろう。

「安住英之日本画展」(1月4日~15日・晩翠画廊)

《朝霧》《大地》《夜咲白糸舞》など21点。澄んだ色調と静かな空気の漂う佳作ぞろいであった。《紅白梅(仮》(四曲一隻屏風)は、老いた樹幹と新しい花の対比が目を引いた。《巌》は、吹雪の山麓風景。揉み紙が荒涼とした雪原の質感をよく表現している。客が思わず「寒い!」と叫んだという。

「青画会震災応援チャリティー日本画展」(2月7日~12日・晩翠画廊)佐々木啓子の指導する教室の生徒たちによる25点と佐々木の《游星海月》など4点。佐々木のJ・オキーフを思わせる妖艶な花が印象に残った。生徒の作では、髙橋美紀子《ふる里》が目を引いた。金地にコスモスを大きく表し、画面の下にふるさと名取の風景を墨一色で描き込む。震災と津波で傷ついた故郷への想いが伝わる佳作である。

「櫻田勝子日本画展」(3月13日~18日・晩翠画廊)

 「福王寺和彦先生からもう木は描かなくてよいと言われてしまいました。」もっぱら桜とブナ林を描いていた作家だが、今回は風景に小動物を登場させて新展開を見せている。まだ違和感の残る作もあるが作家の意欲を評価したい。

「及川聡子展」(3月26日~4月7日・ギャラリーせいほう)氷結した水面の描写から揺れ動く煙や焔の表現へと新たな展開を見せる作家の個展。残念ながら見落とした。

「桑の実 日本画展~三人それぞれの軌跡~」 (9月25日~30日・晩翠画廊)「50代になって本格的に日本画と向き合うようになった」という片桐美樹子、斉藤ミツ、檜森勢津子の三人によるグループ展。いずれも桑原武史が指導する「仙台日本画教室」の受講生。中東の遺跡をテーマにした檜森の作品にはいっそうの深化を期待したい。

「みののこ展」宮城野高校OB・OG日本画展(8月23日~9月16日・八幡杜の館)宮城県宮城野高校美術科日本画コースの卒業生十名と恩師の小野寺康による日本画の展覧会。展覧会名の「みののこ」は「宮城野の子」を略した言葉という。メンバーは県外の大学に進み制作を続けている。気負わず素直な表現に好感が持てた。

「土屋薫日本画展」(11月22日~27日・New Layla Art Gallery)

  中央公募展での本県関係者の入選。

第97回再興院展 三浦長悦《静動》

第47回 日春展入選者(宮城県4名)天笠慶子・荒井静子・奥山和子・菅井粂子

第44回日展入選者 天笠慶子《僕は忘れない》作者が震災の記憶をとどめるためにどうしても手がけたかった一作という。津波被災地の光景を背に黒服で立つ二人の青年。腕を組んでうつむく姿と、拳をにぎり前を凝視する姿をやや重ねて描く。厳しい現実に負けまいとする意志がみなぎるモニュメンタルな力作だが、我が子をモデルにしたことでやや普遍性に欠ける印象を受けるのが残念である。

 

 美術館による企画展では、カメイ美術館で大規模な展観があった。

宮城県芸術協会絵画部門・現審査委員作品に見る「継承する力―第1部―」(1月31日~3月11日・カメイ美術館)県芸術協会とカメイ美術館の共催により同会の歩みをたどる特別展の第3回。今年度から3部構成の予定という。

第1部の本展は現在審査委員を務める88名のうち27名による自選作品が並んだ。日本画は、小野恬《聴春》、佐々木静江《願い'11-Ⅲ》、渡辺房枝《眺望》、中畑富佐江《牡丹》、三浦長悦《風影》、櫻田勝子《颯》、高倉勝子《ネコと少女》の7点。

 

 最後に、昨年も触れた共生福祉会福島美術館が、1年9ヵ月あまりにわたる閉館を経て、12月19日ようやく再開にこぎ着けたことを喜びたい。民間のちいさな美術館が、震災で傷んだ建物の修復費用を得るのにどれだけ苦労したか、ここで語る余裕はないが、伊達家旧蔵の品々を含む同館のコレクションは宮城県民にとって貴重な宝物であり、これらを再び公開できるようになったことはまことに喜ばしい。募金事業に関わったひとりとして、ご協力いただいた県民各位にお礼申し上げて稿を終えたい。