ものろぐ「J-ART」 美術と人間/美術と社会

「日本美術史」を大学や街の講座で語りつつ、多少は自分の仕事の痕跡を残そうとして建てた「物置」のようなもの。

2008年 宮城県日本画のうごき

                              井上 研一郎

 

 「百年に一度」かどうかはともかく、デフレと不況のつづく世の中で、「芸術」は確実に冷飯を食わされている。国内の美術館は軒並み入場者の減少、収入の落ち込み、人員削減、予算凍結などによる打撃を蒙っている。首相の好きなマンガだけは別扱いのようだが、政権が替わったとしても果たして文化予算が増えるかどうか、やはりこの世界も先行きは不透明である。

 

今回は、全国レベルのうごきからとりあげよう。

 第四回東山魁夷記念日経日本画大賞展に及川聡子《視》が選ばれた。「従来の動物画や草花図とは違う世界で生息している…独特の題材を心理的にも陰影に富んだ筆致で描いた」と同作を評した宝玉正彦氏(日本経済新聞編集委員)は、会場全体の特徴を「旧来の美意識を乗り越えようとする努力。とくに日本画特有の材料の特色を最大限に生かそうとする姿勢」とするが、及川も確実にその一人といえよう。(十一月一日~十二月十四日・ニューオータニ美術館)及川は若手作家の登竜門のひとつ「VOCA展2008」(三月十四日~三十日・上野の森美術館)に選ばれ、《顕》を出品したほか、「第四回トリエンナーレ豊橋 星野眞吾賞展―明日の日本画を求めて―」(八月二十日~九月十五日・豊橋市美術博物館)にも入選した。

 

 第四十回日展で佐藤朱希《美野の陽々》が特選に選ばれた。授賞理由は「長い間、人物を主体に描いている。今回の出品作は清らかな境地で親子の情愛をとらえている。技法も岩絵具と箔を用い混合技法として優れている。」というもの。日展という巨大組織の中で特選に至る道程は想像を越えるものがあるが、報道に見られる「師匠の下で表現に磨き」という作家の姿勢は、個人の創造表現とどこかで矛盾しないか。技術や手法はともかく、創造の原点において自立する姿勢を今後の作家に望みたい。(十月三十日~十二月十六日・国立新美術館)

 

 第四十三回日春展に宮城からは七名が入選した。安藤瑠吏子、市川信昭、金子利宇、七宮牧子、松谷睦子、吉田輝、佐藤朱希。佐藤は奨励賞を受賞した。若手の登竜門として発足した「日春展」だが、昨今の入選者には若手とは言いにくい作家が目立つ。(四月二日~七日・松屋銀座)

 

 県内に目を転じると、能島和明個展(二月二十六日~三月三日 三越仙台展アートギャラリー)アトリエのある栗駒山周辺の自然をモチーフとした作品を中心に約五十点。春らしいパステル調の作品が多いが、そのなかで《一瞬の権現》と題する雑木林の風景が印象に残った。若草色の芽吹きが一瞬の風になびく様子を描く。林の後ろに見え隠れする褐色の塊が示唆的だ。さらに、文字どおり異色的な二点が目を引いた。《太陽が黒く見えた日》《月が黒く見えた日》は、「9.11」を念頭に置いた連作という。前者は赤地に黒々とした太陽を、後者は黒地に黒ずんだ赤い月をそれぞれ画面の下部に描き、上部にはともに萎れかけたひまわりの大輪を配する。無差別同時テロの悲劇を、能島なりのやり方で記憶に留めようとしたのだろう。タリバンの行為は寡黙な日本画家の心にもナイフを突きつけた。

 金沢光策日本画展(四月二十六日~七月十六日 大衡村ふるさと美術館)人物・風景など二十一点。《まりも》(一九七〇)は、北海道とアイヌをモチーフにした構成的な作品で、会場内で異彩を放つ。いっぽう《採石場》(一九八八)はほぼ黄色一色の画面に陰影表現を施してむき出しの地面を描く。金沢の画業は、油彩から日本画へ、造形性重視から質感表現の重視へと力点を移行させてきた過程といえようか。ところで、会場内に「絵に対する心」という作者の言葉が掲げてある。曰く「先ず第一に日本画とか洋画と区別して日本人の描く絵を取り扱うことが疑問であり、私は私の絵を単に金沢の絵と称して居ます。ただ材料の如何によって西洋画とか日本画と見られるに過ぎないと思って居ます。…私は日本画の約束を知らないから却って楽しんで描けるのだと思います。知って来ると臆病になる。」金沢の論に異を唱えるつもりはないが、「日本画の約束」が作家を臆病にさせるとすれば、そんなものは糞食らえであって本質的なものではない。金沢にそう感じさせる要素が「日本画」の側にあることに、今日の日本画の混迷の要因が潜んでいるといえないだろうか。

 

 第七十二回河北美術展(四月二十五日~五月七日・藤崎本館)では、入賞作を中心に取り上げる。

○河北賞 針生卓治《ユクカワノナガレハタエズシテ》 昨年までのゾウは横向きでどこへ行くのかと思っていたら、今年はまっすぐこちらへ向かってきた。工夫されたマチエール、リアルな眼の表現とともに、見る者と正面から対峙する姿勢を評価したい。

○宮城県知事賞 柴田慶夫《雑草》 草原を背にすっくと立つ野の花のドラマティックな光景。

○一力次郎賞 田名部典子《唄本》 謡の稽古に余念がない祖母と寄り添う孫娘か。背筋を伸ばした祖母の姿が爽やかだ。

○東北放送賞 渡辺房枝《タイムトラベル》 石造りのアーチの向こうに陽を浴びた楽隊。石畳を丁寧に描いて時間の推移を空間の奥行きに置き換えた発想は面白い。

○宮城県芸術協会賞 三浦長悦《冬道》 雪と枯れ草が織りなす筋目文様と車の轍を組み合わせた秀逸な構図。

○新人奨励賞 柿下秀人《おもいをとかして》 さまざまなモチーフが大きな渦に乗り中心に向かってとけ込んでいく。発想はユニークだが、イラスト的にならない工夫が必要だろう。

○東北電力賞 宮澤早苗《生》 咲き終えた向日葵を黄色を主調として画面いっぱいに描く。意欲は感じられるが、描き込みすぎて、全体の統一感が失われている。

○賞候補 阿部志宇《望》 画面上部に蔵王のお釜、下辺に白や紫の小さな花の一群。タイトルの「望」とは、この花のことか、それともお釜の遠望を指すのか。

○賞候補 小野寺康《灯》 満月の夜のダム湖と街路灯に照らされた鉄橋。夜景にこだわる意欲は買うが、もう少し闇は闇らしく表してもいいのではないか。

○賞候補 小金沢紀子《舞う》 白壁の前に咲く秋海棠の花群を丹念に描く

○賞候補 佐々木昭子《雪国のおそい春》 水たまりに映る裸樹。水の周囲の小石を丹念に描くが、手前のバケツとシャベルはやや説明的だ。

○賞候補 鈴木健次郎《山峡晩秋》 峡谷の紅葉風景。線を多用した崖の岩肌と対照的に、紅葉する樹木が色面のみで表現されるが、今ひとつ統一感に欠ける。

○賞候補 真下みや子《収穫の時》 大豆の茎の束が霧の中から浮かび上がる。緻密な陰影表現がかえって全体を平面的に見せるのは作者の意図か、偶然か。

 このほか、目についた作品をあげておく。

・阿部悦子《些々》相変わらず謎めいた題だが、写真を思わせる具象的な人物と箔や不定形を用いた抽象部分とのバランスが、作者の毎回の課題。今回は人物が重く、また箔の形が浮いた感がある。題に関わる画面の不思議さもいまひとつ物足りない。

・遠州千秋《まっすぐな道》 画面を斜めに横切る白い線の上を歩き始めようとする一匹の猫。作者特有のカオス的な空間だが、いつもの一種謎めいた構成ではない。

・成田昭夫《新館野》樹木がうねるような不定形で表され、躍動感ある画面。今後の展開に期待したい。

・桧森勢津子《久遠》 薄暗い空を背景にスフィンクスを下から見上げた重厚な画面。圧倒的な迫力とともに不気味さをも感じさせる。

・松浦真歩《曼珠沙華》 小さな駅のホームに座り込んで列車を待つ少女近景のやや雑な仕上げ、陰影表現の不徹底など課題はあるが、爽やかさとセンスを買う。

・松本洋子《遺されたかたち》 黒いヒルガオの葉と白い倒木、そして黄色いチョウがそれぞれに象徴的な役を演じている。

 

 紙幅が尽きたので、この他は列挙するに留める。

 「宮城日展会展」(八月十五日~二十日・せんだいメディアテーク) 天笠慶子《うつろう季》、市川信昭《北風(がんばろう)》、佐藤朱希《透る陽々》、七宮牧子(以上県内在住)《想》、安住小百合《双》、佐々木麻里子《波の華》、能島和明《黒川能(羽衣)》、能島千明《セシル》、

能島浜江《鹿踊りのはじまり》、三浦理絵《街にて》

 「宮城県芸術祭絵画展(日本画)」(九月二十六日~十月八日・せんだいメディアテーク)宮城県知事賞 新藤圭一《刻》 仙台市長賞 三浦孝《待つ》 宮城県芸術祭賞 宮澤早苗《挽歌》 成瀬美術記念館賞 安藤瑠吏子《女》 河北新報社賞 及川聡子《相》 県教育長新人賞 佐藤松子《晨》

 「日本画仲間達展」(五月十三日~十八日・晩翠画廊) 大泉佐代子、佐々木啓子、三浦長悦、宮澤早苗、毛利洋子。 

 「飯川竹彦の世界Ⅱ」(五月三日~八月二四日・涌谷町天平ろまん館)

 

 最後に、美術館の企画展として仙台市博物館の一連の特別展、企画展をあげておきたい。宮城県美術館が空調設備更新のため長期休館に入ったなかで、同館の「奮闘」は賞賛に値する。「武家文化の精華―金沢文庫・称名寺の名宝―」(四月二十五日~六月一日)、「江戸と明治の華―皇室侍医ベルツ博士の眼―」(七月十八日~八月三十一日)の大型展に引き続き開催された「最後の戦国武将―伊達政宗」(九月十二日~十一月三日)「平泉―みちのくの浄土」(十一月十四日~十二月二十一日)の二企画は、十~十二月に展開された仙台・宮城デスティネーション・キャンペーンと相まって、仙台、宮城発の文化発信に大きく貢献した。

 

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この文章は、『宮城県芸術年鑑 平成20年度』(2008年3月・宮城県環境生活部生活・文化課)に掲載した「各ジャンルの動向・日本画」を、 ブログ掲載にあたり一部書き換えたものです。